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きりあ@高校生ブロガーの日常ブログ

中学校時代に不登校をちょっとばかし経験した高校生が書く日々のちょっとした出来事や気づいたことなどを綴っています。

誰かのために死ねますか?

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こんにちは中学生兼不登校児ブロガーのきりあです。
ちょっと生意気な事を言って見たい気分になったので
こんなテーマの記事を書いてみました。

 

本題に入る前に一言

まず「誰かのために死ぬ」
って言うのは言葉のあやです。
大げさな感じですいませんでしたm(__)m

 

他人のためにどのくらい自分を犠牲に出来る?

どのくらい犠牲に出来るかって言っても
人によって全く変わってしまいますし、
自分は今のところこれから生きていく上で
大きな支障をきたさない程度の人助けであれば
ある程度は出来ればな~と思っています。

 

人の為に死ねますか?

先程、言葉のあやとはいったものの
ちょっと触れたいと思います。
ドラマとかでよく聞くようなセリフですが、
リアルでも割と極限状態に陥れば
人によっては、
自分の身を犠牲にしてでも助けようと出来ると思います。
ただこの「人のために自分が死ななければいけない」
というシチュエーションに遭遇することは
やはり頻度としてはそう多くないし(というか生きているうちにそんなこ

とがあったら困る。)そもそも自分が犠牲になればその人を救えるという

部分も少し現実離れしていますね。

 

まとめという名目のちょっと青臭い話

自分の命を捨てると言う行為は
決して生を与えられたもの選択として
正しい事ではありません。
たとえそれで人を救えるのだとしても、
賛否両論で自分の命は大切に使うべきと思う方も
大勢いらっしゃると思います。
哲学的な考え方はさておき
感情的な視点から見ると
その行為は「正しい行為」だと捉える事も出来ます。
世が世であれば人の為ため命を捨てるという行為は
ばかばかしいと言われても過言ではない事ですが、
少なくとも今を生きている人間はそんな行為を肯定的に捉えられる事が出来ます
そんな風に考える事が出来る事が、ある意味一番人間として誇れることなのではないかと思いました。

 

あとがき

21回目の投稿になりました。
記事を書くことによって理想論に浸るだけでも
すこし心地よくなってしまいました。
これからもそんな理想論をふと思い出した時に
そっと穏やかな気持ちになれるような
人生を送りたいと思いました。

 

さいごに

コメントは一応目を通していますが
お返事は基本しませんので
アドバイスなどは僕のTwitterアカウントで
いただけると嬉しいです。
アカウントは名はきりあ42@中学生兼不登校児ブロガー
です。
最後までお読みいただき
ありがとうございましたm(__)m